京都グランドトラバース、再びトレランの厳しさを思い知らされる
2019年9月7日土曜日。
京都1周トレイルの北山・東山コース(嵐山~清滝~高雄~二ノ瀬~鞍馬~静原~比叡山~銀閣寺前~大文字~山科・毘沙門堂)を1日で走る、トレイルランニングのレース、京都グランドトラバースに今年も懲りずに出場。
昨年は雨で、ぐちゃぐちゃになった山道を走れずに30km地点の第3エイド・鞍馬に着いたのが制限時間の30分前で、この後進んでも最難関の比叡山に登っても間に合わないと判断してリタイアし、自分で諦めた事での後味の悪さが残った、昨年唯一DNFした大会。
ロードしか走っていないので、トレイルランニングの難しさを再認識させられ、自身に喝が入ったと共に、良い勉強になった1日だった。
でも、完走出来ていないモヤモヤが残っていたので、このモヤモヤを解消するには完走するしかないと判断し、今年もトレイルランニングの練習はしていないものの、制限時間以内の完走を目指し、苦手なトレイルランニングのレースに再びエントリーした。
昨年とは違い、朝から晴天で猛暑が予想される中に嵐山をスタート。
序盤は速いランナーに急かされる事を控えて、暑い中にゆっくりマイペースで進んだ。
第2エイドの直前、前のランナーにつられてコースロストしそうになったところを危うく回避。
危ない危ない。親切にコースの矢印があるのにつられて進んでしまった。
ひと安心して、コースに戻ったところ、前方で、
「スズメバチがいる!「カチカチ」と言って威嚇しているから危ない!」
という声が聞こえてきて、自分も前のランナーと一緒にダッシュで通過したものの、左の太ももにチクッとした痛みが。
「ヤバイ!刺された!!」
と思った後、すぐにじわじわと痛みと痺れがしてきた。
刺されたのは自分だけではなく、近くにいた多くのランナーが刺されており、先行していたランナーがポイズンリムーバーで毒抜きをされているのを手伝いながら、自分も左の太ももの刺された箇所を初めてポイズンリムーバーを使用して毒抜きをしたところ、中から血が出てきて、無事、毒が抜けたようだった。
持っていた消毒液と絆創膏で応急処置をして、再スタート。
序盤からとんだトラブルに遭ってしまって、時間をロスしてしまった。
この後も痛みが時々出たが、午後には痛みが無くなり、大事に至らずで本当に良かった。
トレイルランニングで、山に入る時のポイズンリムーバー必携を教訓。良い勉強になった。
しかし、アナフィラキシーショックのリスクがあるので、2回目、刺されないように気を付けないといけないな。
第2エイドで刺されたランナー達と共に応急処置をして再スタート。
北山コースの終わりを告げる、昨年DNFした第3エイドの鞍馬に着いたのは13時15分頃。
昨年から15分しか速くなっていない体たらくでガッカリだが、コースロスト&スズメバチに刺されるトラブルに巻き込まれてのタイムロスがあったから已む無し。
今年はここで諦めずに前へ進むことに。
短い薬王峠を越えて、比叡山までは猛暑のロードを進んで、比叡山に向かう山道の入り口の第4エイドに14時45分くらいに到着。
ここからがこのレースの勝負どころと聞いて覚悟を決めていたが、ここのエイドのスタッフに聞くと、「第5エイドの比叡山ケーブル駅の関門時間は17時なので、残り2時間10分程度で標高差600m、10kmを行くのは厳しい」と言われ、「やはり、トレランは厳しいなぁ・・・」とショックを受けた。
ここで諦めるべきかを迷ったが、ダメ元でやれるだけやってみようと登り始めた。
いざ登り始めてみると、噂に聞いていた比叡山・延暦寺に向かう山道の急峻なこと。
登り坂の斜度に驚いて溜め息が出たが、ここに全ての力を注ぎ込んで登ろうと覚悟していた事に加え、下界の暑さから一転、山中は心地良い風が吹いていて涼しく、天候が味方してくれた事もあって、この大会のコース上で一番険しい最難関の山道でありながら、これまでの疲れを感じさせない満足のいく良い登りが出来て、自身の登攀力の向上を自覚できた。
休む事無く登って来て、この登りが出来れば制限時間に間に合うだろうと思っていたものの、行けども行けども比叡山ケーブル駅が見えてこず。
制限時間の17時がどんどん迫って来るので、かなり焦り始めた。
「まだか、まだか」と思いながら、疲れているのに登り坂も必死にダッシュ。
ようやく第5エイドの比叡山ケーブル駅に到着したのは16時58分。
なんと、第5エイドに間に合った最終ランナーだった。
約2時間前、第4エイドにいたランナーの中で間に合ったランナーは自分だけという事実。トレランの厳しさを再認識。
こちらはギリギリ間に合って九死に一生を得たものの、果たして20時迄にゴールに辿り着けるのか、甚だ不安だったので、スタッフに聞いたところ、「頑張れば行ける」とのことだったので、最終ランナーとして再スタート。
ここからの眺めが素晴らしかったのだが、時間に追われていて、ゆっくり見物していられる余裕は無かった。
比叡山を下るコースだし、脚はまだまだ残っているので、下り坂を駆け下りて、日本パブテスト病院の裏手に到着し、下界に降りてきた。
そこから第6エイドの京都朝鮮学校は地図で見るとすぐのはずなのだが、前を行くランナーに着いて行ったら、彼らもコースを分かっておらずにロストしている事が発覚。
地図を見直しても、行き方が全く分からず。何てこった・・・
どんどん暗くなってきて、次のエイドの制限時間と聞いていた18時30分を経過してしまった。
同じペースだったランナー3名と麓の街中で立ち往生していると、後ろからスイーパーの方がやって来て、道案内して頂いて、真っ暗の中に第6エイドに到着。
そこで、関門タイムアウトを告げられて、レースが終わってしまった。
「まだまだ脚は残っていて走れるのになぁ・・・」と思いながらも、ここから真っ暗の中にヘッデン頼りに大文字山を登って、ゴールの毘沙門堂に20時迄に辿り着けるのかは無理だろうから、すぐに諦めたがついた。
本当はDNFであれば、自力でゴールに戻る必要があるのだが、最終エイドでほぼ最終ランナーだったので、大会側のスタッフの車で同じエイドでDNFしたランナー達と共に毘沙門堂まで送ってもらった。
その車中もそのランナー達を喋りながらも、2回目もDNFに終わってしまったという事実に放心状態だった。
しかし、レベルが高い。
走り始めて以来、ロードの大会ではDNFした事はほぼ無いのに、このトレイルランニングの大会だけで2回もDNFとは・・・
トレイルランニングは山の中を走るので、街中を走るマラソンのようにいつでも止められないし、暗くなったら危険なので、厳しい関門時間が設定されるのはよく考えたら当たり前。
ロードの大会とは勝手が違う事を思い知らされた。
その厳しさを乗り越えるためにはそれなりのトレランの練習をしないといけない。
そもそも比叡山ケーブル駅にギリギリに到着している走力では完走出来ないということだ。
今年も完走できなかったけど、比叡山の険しい登りを諦めずに2時間10分で登り切る事が出来たのは、とても自信になった。
自分から諦めた情けない昨年よりは得たものがあった。
トレイルランニングの練習を全くしていないので、他のトレイルランナーには失礼だったので、来年も挑戦できるのであれば、トレランの練習に加え、後半の分かりにくいコースを試走しておかないといけない。
近々、予定が無い休みにでも、後半の東山コースを試走しそうかな。