高いところから失礼致します!

「苦しさはすぐに消える。諦めた事実は永遠に残る。」を心の中で連呼して、マラソン、ウルトラマラソン、超ウルトラマラソンを嗜む変態ドMランナーです。

 みちのく津軽ジャーニーラン完走記3:眠気と闘いながら、無事、263kmを完走!

2018年7月15日日曜日、2日目に突入した「みちのく津軽ジャーニーラン」。

  • ふれあい文庫(7/15 15:01 139.2km)、道の駅たいらだて(7/15 18:14 158.6km)、ふるさと体験館(7/15 22:14 178.4km)

龍飛崎に到着して、津軽半島の北岸・東岸の交通量が多い道路沿いをひた走る。
この辺りになってくると同じペースで走っているランナーは限られてくるので、追いつく度にしゃべりながら走った。
特に今別町にあるエイドの第7チェックポイントのふれあい文庫へ行くための道は間違えやすいので、初出場の自分は同じペースのランナーに教えて頂きながら走った。
ふれあい文庫を出た後は、同じペースであったオオニシさんとオオウチさんと協走させて頂いた。
3人でしゃべりながら走っていると、オオニシさんは川の道やUTMF、オオウチさんも昨年の250kmの部も完走されており、その他にも数々のご実績を持たれており、自分がこの位置にいて一緒に走っていて良いのかが至極不安になった。
オオウチさんとは今年3月の小江戸大江戸200kでも、大江戸コースのスタート直後にも一時協走していた事を思い出し、凄い偶然に驚いた。
変態超ウルトラランナーは少ないので、こうやって各地で開催されるウルトラで出会う事になるから面白い。
海岸線沿いのいくつかの集落を3人で共走して越えていき、第8チェックポイントの道の駅たいらだてに到着。
ここからも引き続き東岸沿いを3人で南下。
まだまだ先は長いので、3人共、無理はせず、時折、歩きも混ぜながら前へ進む。
でも、歩いていると両足の大腿部の前側に負担がかかって張ってきた。
これは歩きだと接地面が大きく、接地時間も長いからだと気づく。
なので、歩くのであれば、ゆっくりでも走っていた方が良い事を知り、極力走るようにした。
これは新たな気づきだった。超ウルトラマラソンでは、歩き続ける事は一時は楽なのだが、それをずっと続ける事は先々を考えるととても危険だ。
そして、周囲も真っ暗になり、2日目の夜になった。
真夜中ランの経験はあるが、それが2晩に亘るのは初体験。
何事も無く、順調にこの初体験を乗り越えられるかと思いきや、レストポイントのふれあい体験館に行くための曲がり角が近づいてきた時、その交差点はどこなのかを探すためにお二人と離れた瞬間、急に眠気がやって来て、走りながら寝落ちしてしまったようだ。
ふと目が覚めた頃にはお二人ともはぐれ、真っ暗な道路にポツンと1人。
この時、完全に寝ぼけていて「自分は何をしているんだろう、どこに向かっているんだろう」とワケが分からず、フラフラしてコースを逆走していたところを、龍飛崎で写真を撮り合ったヒラタさんにお声を掛けて頂いて我に帰り、第2レストステーションのふれあい体験館に行くための曲がり角を教えて頂けて、22時過ぎに何とか辿り着く事が出来た。

ここまでとても順調に来ていたのに、恐ろしい体験をした。
急にやって来た眠気に襲われ、かなり危ない状態だった。
後半の津軽半島の海岸線沿いのコースになって以来、この土地には絶対に来た事はないのに、「何かこのコースとこの状況、過去にあった事があるような気がするなぁ・・・」とデジャブ感が消えなかったが、あれは眠気の始まりだったようだ。
そして、寝落ちする直前には、港沿いの町に置いてあるたくさんの丸いブイが人の顔に見えてきた。幻覚だ。
寝ていないという極限状態だと走りながらでも意識がなくなる眠気の恐ろしさを身をもって体験して、ゾッとした。
これは本当にヤバイ状態に陥っていると判断して、ふれあい会館では荷物を受け取ってすぐに仮眠を取る事にした。
30分程度寝るハズがあまりの眠さに結局2時間の仮眠をして、その後、食事と準備で結局3時間滞在する事態に陥ってしまった。
この眠気こそが初200kmオーバー&2晩越えの洗礼だ・・・と溜め息。
3時間もロスしてしまって、果たしてゴールできるのかが不安になり、続けるのを諦めた方がいいかと思ったが、周りのランナーは諦めずにスタートしていたし、自分も足はまだ残っているので、ここに来るまでに同じペースであった方々はもはやスタートしていたが、午前1時にふるさと体験館を再スタート。
ここまで特に撮るべき被写体も無く、自分にそんな余裕も無く、夜だったこともあって、ほとんど写真無し。

  • 総合文化センターパルナス(7/16 5:53 204.2km)

かなり順調に進んでいたのに、ふるさと体験館に約3時間も滞在してしまって一気に時間的余裕が無くなってしまい、真っ暗な中にやまなみラインをひた走って走って内陸部へ。
3時間の仮眠では眠気がまだとれておらずに、真っ暗な中を走っているとボーっとし始め、堪らずやまなみトンネルを過ぎた後のベンチで10分程度の仮眠を強いられた。
ハッと目覚めた後、近くにあった公衆トイレで顔を洗い、再スタート。
眠気だけで足は残っているので、寝て回復した分、ペースを上げて下り坂を駆け下り、国道388号線と交わる188kmの部のランナーとの合流地点に到着。
ただ、走れども走れどもなかなか次のエイドのパルナスが見えてこない状況に、何故か自分は終始イライラして周りのランナーに何度も「パルナス、まだですか?」と聞いてしまったり、どうやってここまで来たかの記憶が一部ない、という眠気の弊害として冷静さや判断力の欠落が見られたので、パルナスでも1時間仮眠する事にした。
そのおかげで目覚めた時には頭がスッキリ。
時間をたくさん使ってしまったが、気分良く再スタートする事が出来た。
眠気の影響が計り知れない。ここまでとは。眠気は最大の敵だ。

  • 金木町観光物産館(7/16 8:00 212.1km)、五所川原市街、道の駅つるた(7/16 12:11 231.4km)

パルナスから金木に向かう途中、シュズイさんとヤマモトさんと共に3人で金木町観光物産館に向かわせて頂く事にした。
200kmを越えたので、ここはフラットなコースでも歩きを交えながら前へ進むということで、時計を見ながら3分走って1分歩くスタイルで前へ進まれていた。
なるほど、終盤になるとダラダラ歩いてしまいがちだが、この方法であればゆっくりであっても歩くよりは速く前へ進む事ができる。
この方法は、今後のウルトラで真似させて頂こうと思った。
金木町観光物産館を出た後は再びぼっちラン。
交通量が多い五所川原市街地内で久し振りに近代的な街並みを見て走った。
市街地で大量にコンビニがあるので、そのうちのひとつでひと休みしていると、大会スタッフの方々も車で我々を追いながら小休止されていて、「ここまで走って来られるだけスゴイ!」と褒めて頂いて、朝鮮人参のタブレットを戴いて応援してくれた。

3日目の朝になって、陽が昇り始めると、暑さがピークに。
2日目の日中は暑さはマシだったが、3日目の暑さは凄かった。
コンビニではシャーベットで暑さを凌ぐ。

五所川原市内では、秋田名物のはずのババヘラアイスをおばあちゃんが150円で売っていたので購入。
もうこの暑さのピークの時間帯を乗り切るためであれば、何をしたって構わない。
コンビニを見掛けては立ち寄って、冷凍されているペットボトルを購入して、首筋などを冷やし、ロックアイスを買って帽子の中にアイスを入れたりして乗り越えた。


五所川原市街地を過ぎた後は、最後の難関と噂に聞いていた国道339号バイパス沿いの日陰が無いコース。
殺風景な延々と続く歩道は、ちょうどここに来たタイミングが直射日光を浴びて一番暑くて、まさに灼熱地獄だった。
このまま歩いていたら熱中症になりそうだったので、途中、コースを外れて小さな森の木陰に座って10分間だけひと眠り。
延々と続く歩道を早歩きで進んで、後半、ペースが同じだったムロヤさんと一緒に歩きながら、苦しみを共有しながら道の駅つるたに到着。
もう暑過ぎて、出場ランナー同士で笑いながら苦しみを共有。
この国道から眺める岩木山の姿は素晴らしかったが、暑さで愛でる余裕無し。
この辺りは、暑さ&眠気で疲れがピークで、相変わらず冷静な判断が出来ておらず、途中の歩道で急に座り込んで後続のランナーに心配されたり、今思えば行動がおかしかった。

  • スポーツプラザ藤崎、黒石・松の湯交流館(7/16 17:15 252.3km)

道の駅つるたを経て、地獄の国道沿いが終わり、スポーツプラザ藤崎のエイドステーションでひと休み。
ここまでずっと道なりだったが、久し振りに右に曲がったところで、本当なら陸橋を渡らないといけないのに、陸橋の側道をまっすぐ行ってしまい、ロストしてしまって時間をロスしてしまった。
もう疲れと眠気と暑さで冷静に地図を見る余裕が無くなってしまっていた。
自分に全然余裕が無い事を認識したので、地図を見る負担を少しでも減らそうと、前におられたムラカミさんとコオリヤマさんに声を掛けて、一緒に走らせて頂く事にした。
かなり遅いペースで喋りながら、皆さんについていき、何とか黒石の松の湯交流館に到着。
ここで食べた黒石名物の「つゆ焼きそば」とシャーベットがかなり美味しくて、再びやって来た眠気でボーッとしていたが生き返った。

250kmを越えても何とか走れているのが奇跡だった。
200kmを過ぎてから痛み始めた靴擦れが痛くてたまらなかった。
どれだけベストフィットのadidasのultra boostでも200km以上走れば靴擦れにもなる。
最後のエイドである田舎館役場に到着。
2014年に弘前・白神アップルマラソンでに来た時、前日のプチ観光でレンタカーでここに来て、名物の田んぼアートを見て楽しんだのを思い出した。
残念ながら、今回は田んぼアートを楽しむ余裕も時間も無かった。

あとはゴールを目指すのみ。
なのに、田舎館役場を過ぎてもなかなか現れないゴールにまたイライラ。
ゴール直前になって眠気がまたやって来て冷静さが完全に欠如していた。
満身創痍の疲労困憊な状態の中、ようやくさくら野百貨店が見えてきて、2018年7月16日19時23分、263.1kmを無事完走!!!!!


靴擦れを負った右足裏を庇いながら、併設されているホテルリコルソの大広間で着替えて温泉に入り、タクシーで弘前市内のホテルに向かった後は、部屋に入った直後にベットへダイブしてあまりの眠気と疲れでバタンキューだった。
ゴール直前には、感動的なゴールシーンの写真を撮ろうなんていう余裕は全く無かったが、後日、大会側に共有して頂いたゴール時の写真。
263kmの闘いを無事完走という形で終えられたものの、とにかくこの時は疲れと眠気で全く余裕が無く、ほっとひと安心している瞬間。

7月14日〜16日の3日間に亘って、第3回みちのく津軽ジャーニーランの263kmの部に挑戦し、小江戸大江戸200kで200kmを3年連続完走したという実績しかないのにいきなり263kmに挑戦した事で、初200kmオーバー&初2晩越えのランの洗礼を全身に受けたものの、道中、協走頂いたランナーや大会スタッフの方々のおかげもあって、50時間もかけて何とか完走する事が出来た。
弘前市をスタートして龍飛崎を越え、半島の海岸線沿いを走って順調に進んで海岸線から内陸部に行く頃に2日目の15日の夜を迎えたが、ここまでは前哨戦。
ここからが本大会の本当の試練だった。
一番の敵は、キツイコースでも、暑さでも、自身のコンディションでも、疲れでもない眠気だった。
第2レストポイントのふるさと体験館の手前で走りながら突然寝落ちしてしまうという事態に陥り、それまで協走していたお二人とはぐれ、気づいた時には寝ぼけていてと真っ暗の中でウロウロする体たらく。
後続のランナーに助けられて何とかふるさと体験館に辿り着けたものの、それが無かったら本当に危うかった。
あまりの眠気で合計3時間も滞在してふるさと体験館を再スタートしたが、その後もこの眠気には苦しめられ、2日夜から3日目は眠気が最大での敵だった。
それに加えて、3日目の日中は懸念していた猛暑にもやられて疲労困憊。
前半の順調さから一転、どんどん崩れてペースが乱れながらも、何とか制限時間の51時間に間に合ってゴールする事が出来た。
このクレイジーな3日間で、急にやって来る冷静さと判断力を奪う眠気の恐ろしさを学べたし、自分以上の歴戦の猛者であるランナーの方々と協走させて頂いた事で自分なんかまだまだである事を思い知らさたと共に、サポートして頂いた大会関係者と協走して頂いたランナーの方々には感謝しきり。
かなり辛いけど、それ以上に自分が求めていた刺激と学びと楽しさがここにはあった。
完走直後には「もう2度走らない!」と思っていたけど、数日後には「また来年も来ようかな」「あの後半の眠気による崩れを克服して、48時間以内にはゴールしたい!」などと思うようになり、また一歩、ド変態の道を進ませてもらう事になった。
良い学びがあり、充実した3日間だった。