ネモフィラを見に舞洲へ!
2019年5日1日水曜日。
前半は地元でイベントが多かったので、この日は予定無しでのんびりした後、令和元年の初ランも大阪城公園ランニングから。
本当は遠出したかったが、朝から怪しい雲行きだったので、取り止め。
そして、2019年5月2日木曜日。
GW後半になってようやくやって来た行楽日和。
ずっと行きたかった大阪・舞洲のネモフィラ祭りに行くタイミングがやって来た。
これまで6月に走って行っていた舞洲のユリ園が昨年で終わってしまったが、今年からそこが大好きなネモフィラ園として生まれ変わった。
ユリは6月が見頃だったが、ネモフィラの見頃は春なので、2019年4月13日(土)から「ネモフィラ祭り」が開催されていて、ずっと行きたいと思っていた。
営業時間の9時に合わせて8時前にランスタート。
本町通りから安治川沿いを走って、今時珍しい地下トンネル・安治川隧道の前を過ぎて、此花区に入り、G.W.にUSJに行くための大渋滞を傍目に此花大橋に到着。
お馴染みの此花大橋上に向かうための螺旋状の歩道を走って登る。
この歩道は走って登るのは良い練習になる。
此花大橋上を走っていると、眼前には目立ったデザインのごみの焼却施設・舞洲工場を見ながら走って、自宅から約12km、7月の24時間リレーマラソンの舞台、行った事はないけど、8月にはサマソニの舞台である舞洲の「大阪まいしまシーサイドパーク」に到着。
G.W.になってやっと快晴になったので、ネモフィラ園は大混雑。
6月の見頃の百合よりも、春が見頃のネモフィラの方がG.W.を挟むので、集客力が違う。考えたなぁ。
自分はかねてから「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」のことわざで代表されるような薔薇や牡丹、芍薬、百合などの絢爛豪華な花よりも、控えめな色の花の方が好きで、ネモフィラはその中でもあの控えめな青色が大好きだった。
日本で一番ネモフィラで有名なのが茨城県の国営ひたちなか公園なのだが、大阪からでは遠過ぎて行く事が出来なかったが、ようやく近くにこういうネモフィラが群生する場所が出来てくれた。
この日は快晴で、たくさんのネモフィラの青色に青空、大阪湾の青色のコラボがとてもキレイで癒された。
間近で見ると、この美しさ。この淡い青色が本当に美しい。
園内は大混雑していた上に、ランニングスタイルの自分は完全に場違いなので、スピーディーに見て回って、大満足。
帰りは舞洲から常吉大橋を渡って本土に戻り、淀川の一直線に続く堤防沿いを走って帰る。
この一直前のフラットなコースは、ランナーやサイクリストにとって良い練習場だ。
そして、この土手で寝転がってのんびり日向ぼっこしたら気持ち良さそうだ。
この土手の途中、20km走ったところで土手を降りて、此花区のスーパー銭湯・一休ででひと休み。
ここに寄るために、トレランバックに着替えを積んできた。
風呂に入ってすっきりした後は、再び淀川沿いを走った。
途中、淀川の堤防のコースを走っていて、噂で聞いていた此花区のアートプロジェクトのウォールアートを発見。
よくサイクリストがウォールアートをバックにマイバイクと共に写してインスタにアップしているのを見掛けたので知っていた。
ここは今まで何度か通ったことがあったのに、この存在に気付かなった。
此花区内には他にもウォールアートがあるようなので、見てみたいな。
再び、堤防を走って、淀川大橋がある国道2号線に至ったところで右折。
というか、この先は工事中で堤防はこれ以上走る事が出来なくて、右折せざるを得なかった。
国道2号線を走って、JRの野田駅に着いた時に、そういえば、5月は藤の見頃であり、ここ野田は野田藤の発祥の地であることを思い出した。
駅前に行くと、予想通り、野田藤の藤棚の藤が満開に咲き誇っているのを発見。
ネモフィラの青色も好きだが、藤の紫色も好きだ。
この日は、ネモフィラも藤も見れて、花尽くしの日だった。
4月は桜、5月はネモフィラと藤だな。
5月はこの日に見ていない、「何れ菖蒲か杜若」のことわざで有名な菖蒲(あやめ)、菖蒲(しょうぶ)、杜若(かきつばた)も紫だし、6月になると見頃の紫陽花も紫。
人気の花には青色や紫色が多いなぁ。
その後は、中之島を走って、中之島バンクス内にあるpatagoniaに寄って、自宅のある堺筋本町に戻ってラン終了。
何だかんだで34kmも走ってしまい、G.W.後半のメインレースに向けて走り過ぎてしまった。
走った後は、マッサージに行ってメンテナンスして回復に努めた。
これで準備万端!翌日から、いざ決戦の地・長崎へ!!
G.W.恒例のBBQ、令和最後の大阪城公園ランニング
2019年4月29日月曜日。
高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソンを今年も完走した翌日は、G.W.恒例の高校時代の友人達と集まって、岐阜県羽島市の友人宅にBBQ。
例年通り、4人の同級生と近況報告をしながらの楽しいひとときを過ごした。
そのうちの1人には、この度、めでたく子供が生まれたので、そのお披露目会も兼ねていたこともあり、幸せを見せつけられて、自分も焦りを覚えた。
大阪で仕事をしてばかり、それ以外は大好きな趣味に没頭して走ってばかりしていられない。
自分もプライベートの幸せを考えなければ・・・
そんな事を今年も考えながら、翌30日にはG.W.前半を過ごした地元から帰阪。
そして、平成最後の日の夜に、平成最後の大阪城公園ナイトランニング。
小雨がパラついていて、G.W.に入って以来、ずっと天気が悪いので、GW後半の2019年前半の最大の挑戦に向けて回復して欲しいなぁ。
自宅のある堺筋本町にある中央区役所には、令和になった直後に婚姻届を出すカップル達が集まっているのを傍目に、平成最後のランニング終了。
4月の月間走行距離はギリギリ250km超え。
チャレンジ富士五湖で118km走ってるのに、4月の走行距離は物足りなかった。
第9(Q)回高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソン:9年連続完走!今年は仮装ラン無し!
2019年4月28日日曜日。
前日の朝に大阪城公園を走った後に、地元・岐阜県岐阜市開催の第9(Q)回高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソンに、毎年恒例、第1回から9年連続で出場するために、地元に帰省。
前日受付の岐阜メモリアルセンターでは、長良川名物の鮎と朝ドラで有名になった五平餅を食べた。
今年も例年と同様に、スパイダーマンでの仮装ランを敢行して地元の方々に楽しんでもらおうと思っていたものの、両親の強い反対を受けて今年はマジメな格好でのラン。
ハーフマラソンをマジメに走っても面白くないから、仮装ランを楽しみにしていたのに・・・
地元・岐阜市の星である高橋尚子さんの顔に、日本で初のIAAFのゴールドラベルを配しているハーフマラソンなので、国内だけではなく、世界中からランナーが毎年集まる。
今年も例年の川内優樹選手はもちろん、前日本記録保持者の設楽悠太選手に、MGCファイナリストの園部隼選手などが招待されていた。
仮装してスタート地点に整列している時は観れなかったが、今年はそういった有力選手が補助競技場でたくましくアップしているところをじっくり見物。
自分も含めた多くのランナーが今か今かと待っていたところ、他の有力選手達からはかなり遅れて、川内選手が整列しているランナー達をかき分けてやっとやって来た。
やはり、市民ランナーの星・川内選手は、我々市民ランナーから大人気!
2019年4月からプロランナーへ転向しても、毎年、岐阜に来てくれるのは嬉しい!!
そして、主催者である高橋尚子さんも。
直前に恩師の小出監督が亡くなった辛さを抱えながら、自身の名前が冠にある地元大会で、黒いウェアに喪章をして来られていた。
スタート直前に辛さを堪えて気丈に涙を流されながら元気にスピーチされている姿に感動。
午前9時5分にスタート!
今年も高橋尚子さんと野口みずきさんという日本の女性金メダリスト2人が揃い踏み。
大好きな岐阜県のゆるきゃら「みなも」も。
いつか「みなお」の着ぐるみで走ってみたいなぁ。今の自分ならできそうな気がする笑
今年も快晴の中でスタート。
思い返せば、過去9回の大会で一度も雨が降った事が無い。
これは凄いことだ。大会前日は、春の嵐のように風が吹き荒れていたのに。
例年は仮装しているので、沿道側を走って応援に応えていたが、今年は中央分離帯側を走って、世界トップクラスのランナー達の走りを間近で見て応援。
トップ集団はアフリカ人ランナー達に紛れて、設楽選手が食らいつく。スゴイ!
第2集団には川内選手達、日本人ランナー。
岐阜駅の織田信長の金像の前で折り返し。
岐阜市の市街地を過ぎた後は、金華山を見ながら長良川の堤防沿いを快晴の中に気持ち良くラン。
千鳥橋を渡って折り返した後、再び金華山を彼方に見ながらのラン。ここからの景色が一番好き。
ラスト2kmの都ホテルの前の堤防のコース上では、毎年、我々にエールを送ってくれる高橋尚子さん。
辛いだろうにありがたい!
調子が良くて、ガチで走っていたので、最後の頑張りのために奮起!
無事、岐阜メモリアルセンターに戻ってきて、9年連続のゴール!
IAAFのゴールドメダルを取得している世界基準の大会なので、今年からスタート&ゴールゲートの色がゴールドだ。
タイムは1時間42分。
毎年、唯一ガチで走っている1月の大阪ハーフマラソンのタイム、1時間40分を超えられず、またしても100分切りは叶わなかった。無念・・・
ゴール後は、例年通り、中学時代の友人の家族と合流して、屋台などで楽しんでいたので見られなかったが、ゴール後のイベントでは婚約したばかりの川内選手とお相手の元実業団選手の水口侑子さんとのツーショットが見られたようだ。
水口選手はこの日も日本人女性選手で2番目の成績とはスゴイ。
水口選手の地元は岐阜県の高山市とのことで、この大会には毎年出ているそうだ。
川内選手も岐阜に縁が出来たので、来年以降も出続けて欲しいものだ。
広場には、川内選手のモノマネをされているM高史さん(埼王県庁所属)がファンサービスをしてくれていたので、一緒に写真を撮って頂いた。
6月の隠岐の島ウルトラマラソンでは、こちらにも毎年出場される本物の川内選手と今年もツーショット写真を撮って頂きたいものだ。
伝説のユニット復活
2019年4月10日のDRAGON GATEの後楽園ホール大会で、『団体設立20周年記念特別試合』が開催され、自分が一番大好きだった頃に活躍していた伝説のヒールユニット・悪冠一色の5名(近藤修司、”brother”YASSHI、大鷲透、菅原拓也、高木”ジェット”省吾)が、2004年末に素行不良&職務怠慢でDRAGON GATEを突然解雇されて以来、15年振りにDRAGON GATEのリングに戻ってきた映像をGAORAで観て、いちプロレスファンとしてとてもテンションが上がった。
今でもDRAGON GATEはGAORAで観ていて、2004年以降もヒールユニットは数々出てきたが、彼らに勝るヒールっぷりは無いと言い切れる。
その悪行っぷりが憎たらしいが故に、対抗戦が組まれて勧善懲悪の展開になると、我々プロレスファンや会場の観客達が大いに盛り上がる。
15年経った事もあって、それぞれ他団体で活躍してベテランになっていることもあって、かつての悪態っぷりは無くなり、和気藹々としている姿が微笑ましかった。
そして、DRAGON GATEの現世代との絡みとして、試合後、YAMATOは引き上げようとする悪冠一色の5人に、
正直、俺はDRAGON GATEから入った世代だ。
俺らは闘龍門を知らない。
悪冠一色も知らない。
だけどお前らが辞めた後にこのDRAGON GATEを守ってきたのは俺たちだ……なんて言う気もさらさら無い!
今日はあなた達諸先輩に、アンタたちの後輩はこうやって元気にDRAGON GATEのリングで戦っていますってことを伝えたかった。
今日は自分らに胸を貸してもらって本当にありがとうございました!
と頭を下げ、その言葉を受けた近藤は、
おい、俺ら悪冠一色がお前の言葉に涙ぐむと思ってんのかこの野郎。
そんなことねぇな?……YAMATO、これからも頑張れ。
とエールを贈り、全員で握手やハグを交わして健闘を称え合った姿に感動。素晴らしいシーンだった。
大学時代から観始めたプロレス。
最初はテレビで放送されていた全日本プロレス&新日本プロレスから観始めて、ネット上で公開されていた動画や購入したDVDなどからDRAGON GATEの前進の闘龍門にどハマりし、今ではテレビやケーブルテレビのGAORA、G+で全日本プロレス&新日本プロレス&NOAH&WRESTLE 1&DRAGON GATEを観ているものの、マラソンにハマって以来はその熱が下がってしまっているが、自分の貴重な趣味のひとつとしてこれからも観続けていこう。
平成最後の大阪城の登閣証明証をゲット!
2019年4月27日土曜日、G.W.の10連休初日。
翌日、第1回目から毎年出場して、今年で9回目となる高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソン出場のために地元・岐阜に帰省する前に、風が強くて肌寒い朝の大阪城公園をランニング7km。
ただ、この日の目的は走ることにあらず。
大阪城に登って、この期間だけ販売される平成最後の登閣証明証をゲットするため。
大阪城公園の外周を1周して大阪城に向かうと、大阪城下はたくさんの外国人観光客で溢れかえっており、大阪城内も大混雑。
「これは登閣証明証が無くなってるのでは!?」
と心配したが、1回の売店には十分量余っていて、予定通りゲット出来た。
漢字のみだし、日本特有の元号が変わるこのタイミングの価値なんて外国人には分からないんだろう。
また、令和になった後も来て、令和最初の登閣証明証をゲットしよう!
しかし、かなり久し振りに大阪城に入城したが、内部は完全な資料館になっていて観光地化しており、しかも8階も階層があったことに驚いた。
ただ、天守閣からの景色は素晴らしかった。
以下は大阪城直下。
茶色の建物は、最近、リノベーションされて出来たミライザ大阪。
内部は外国人が喜ぶ土産物屋や飲食店が入っており、屋上はテラスになっていて、ウェディングパーティーもできるそうで、大阪城をバックに記念撮影もできるとか。
メーデーが近いためか、光の広場では労働団体が集会を開いていた。
大阪ビジネスパークにあるクリスタルタワー。噂通り、景色が写ってる!
※後日談・・・
2019年5月1日以降に、再度大阪城に走りに行って、令和最初の登閣証明証もゲットしようと意気込んでいたものの、いざ行ってみると、入城券を購入するための見た事がない程の長蛇の大行列が出来ていて、ゲットするのは諦めた・・・
青春18きっぷ2019年春ポスター
年に3回の春休み・夏休み・冬休みシーズンにのみ発売される青春18きっぷが2019年2月20日から3月31日まで発売されていた。
今年も茨城100kウルトラマラソンin鹿行に出場するために、茨城県鹿嶋市に向かう際の新大阪駅構内でポスターを発見。
諫早駅を出て長崎駅へ向かう大村湾沿いを走る列車が、夜明けなのか、電灯を灯して走っている。
車窓からは大村湾の絶景が眺められそうで、今回もとても旅情溢れる素晴らしい写真だ。
昨年秋に出場した長崎橘湾岸スーパーマラニックの舞台となる橘湾沿いの小浜温泉に向かうために、大村湾にある長崎空港に金曜日の夜に降り立って、レンタカーを借りて小浜温泉に向かい、午前1時にスタートして島原半島を1周して103km走ったのを思い出した。
今回のポスターに書かれるコピーは、
長崎の街を後にした。懐かしい歌を口ずさんでいた。
3月は別れと出発の時期なので、少しセンチメンタルな気持ちになった。
そして、2018年度の列車の灯りシリーズもこれで終わり。
夏のポスターはどんなシリーズなのか、楽しみだ。
チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン:118kmを走って富士五湖を制す!
2019年4月21日日曜日。
2019年になって初めて富士山の麓で開催される、チャレンジ富士五湖ウルトラマラソンに挑戦する事が出来た。
その存在はウルトラマラソンに出場し始めた頃から知っていたが、走力が付いた頃には、地元の岐阜県岐阜市で開催されて、毎年出場している思い入れのある「高橋尚子はぎふ清流ハーフマラソン」の日と被ってしまって出場を見送ってきたのだが、2019年は1週間ズレてくれたお陰で、ようやく挑戦する日が来てくれた。
時は来た!
しかも、いきなり富士五湖(山中湖、河口湖、西湖、精進湖、本栖湖)全てを回る5lakes部門118kmに挑戦!!
今の自分の実力と実績があれば、15時間で118kmなんてたやすいハズだという自信を胸に、前日の土曜日は11時台の新大阪発の新幹線で新富士駅へ行き、そこからツアーバスで決戦の地の山梨県富士吉田市の宿泊ホテルのエバーグリーンホテル富士へ。
意外と大阪からでも行きやすいが、帰りは19時のバスで新富士駅に戻って、新大阪駅に戻ると23時台になってしまうので、帰りがキツイ・・・
本大会は118kmの部があるだけあって、スタート時間は4時のスタートと早い。
ホテルからすぐの富士北麓公園にバスで移動して、暗闇の中でスタート。118kmの長い闘いが始まった。
すぐ夜が明けるだろうと思ってヘッデンを付けずに走っていたので、転ばないように足元を注意しながら、暗闇の中で集団走をし、13.8kmを進んだところでひとつめの湖・山中湖が見えてきて、夜も明け始めた。
夜明けと共に、素晴らしい富士山も望む事が出来た。
山中湖を半周すると、山名湖のバックに富士山を望む事が出来た。
その後の5つめのエイドであるみさきキャンプ場を過ぎた後の湖畔のサイクリングロードからの眺めが最高!
早朝の穏やかな山名湖に富士山が映り込む、噂の「逆さ富士」を走りながら望む事が出来て、感動!!
あぁ、絶景かな、絶景かな。
序盤はから出場して良かったと思える貴重な体験が出来た!
山名湖を過ぎた後は、再び富士北麓公園に戻って、2つめの河口湖へ。
河口湖に架かる河口湖大橋上に来たら、一旦立ち止まって振り返っての撮影。
ここは、かつて出場した事がある「富士山マラソン」のコースと同じだったので、この橋上からの富士山の眺めが素晴らしいのは知っていた。
河口湖大橋を渡った後も「富士山マラソン」で走った記憶のあるコースを走った。
湖畔では大阪では見頃が過ぎた桜が咲いていて、快晴の青空に、河口湖、桜、そして富士山という最高のコラボを拝む事が出来た。
山名湖の逆さ富士といい、桜とのコラボといい、素晴らしいタイミングでこの場所に来られて幸せだった。
変わり映えの無い景色が続く湖畔沿いのコースも、富士山に桜を見ながらで楽しく、全然辛くなかった。
河口湖が終わって、3つ目の西湖の入り口には河口湖と西湖を繋ぐ激坂がある。
この途中にある足和田出張所で56.4kmのエイドでひと休みした後、この坂は短いので、頑張って走って登った。
数年前の「富士山マラソン」ではここを歩いた記憶があるが、「あの頃から進化した自分は違う!」と心で叫びながらラン。
西湖の北岸もすぐに終わり、西湖と精進湖を繋ぐコースが長く感じた。
走るならこれくらいの大きさが一番だ笑
ここを走るのは118kmの部のランナーのみで、前後のランナーもまばらになった。
本栖湖の入り口の本栖湖県営駐車場でひと休みした後は、5つめの本栖湖を1周するためにラン再開。
本栖湖を半周した後のエイドでは、千円札に描かれている富士山の風景はこの場所であった事を教えて頂いて感動。
そうか、千円札に描かれている富士山は、本栖湖をバックにした富士山の眺めだったのか!
79.2kmのエイドを過ぎた後は、ただゴールのある富士北麓公園に戻るだけ!
気持ちも楽になって、残り37kmのラン。
本栖湖を1周して、西湖の南岸を走ったところで99.2kmの西湖公民館のエイドを11時間で通過。
出場前から「99km地点の制限時間が12時間25分」と聞いてビビっていたが、野辺山ウルトラの馬越峠や丹後ウルトラの碇高原のような歩かざるを得ない長い長い登り坂はチャレンジ富士五湖には無くて、走れるアップダウンのみだったので、懸念していたこの関門を余裕で通過する事が出来て、ほっとひと安心。
西湖の南岸のコースを走っているところで100kmを越えたものの、まだまだ脚は残っていて走っていられ、同じコースを疲労困憊で歩いている3lakes、4lakes部門のたくさんのランナーを走って抜いていける自分の走力が嬉しかった。
西湖と河口湖を繋ぐ下り坂も快調に走って下った。
河口湖南岸のコースを走って河口湖が終わった後は、最後、富士北麓公園に向かうだけ。
往路と同じコースを走って、113kmの河口湖ステラシアターに到着。
この後は残り5kmでゴール目前なのだが、直後のダラダラと続く2kmの登り坂を走れなくてイライラした。
今思えば脚はまだまだ余裕があったので、みんなと一緒に歩くのでは無く、自分に厳しく、走れば良かった。まだまだ自分に弱いなぁと反省。
2km登った後の残り3kmは下り坂のみなので、残った走力で下り坂を激走!
富士北麓公園に戻って来て、コース沿いの方々からの祝福を受けながら、無事、118kmを完走し、ゴール!
暗くなる前に富士北麓公園に戻ってこれたので、富士山をバックに完走写真!
のつもりが、ガスっていて富士山がよく見えなくて残念。
来週、同じ富士山の麓で開催されるトレイルランニングの国内最大イベントのUTMFよりひと足早く訪れ、無事、富士五湖(山中湖、河口湖、西湖、精進湖、本栖湖)をやっつける事が出来た!
完走タイムは13時間27分。
あわよくば12時間台を狙ったが、午前4時スタートの第1ウェーブで速いランナーとの集団走で勝手に煽られて、前半50kmがサブ10ペースで走ってしまったために、後半はペースが落ちてしまったものの、小刻みに続くアップダウンも含めて大きな崩れ無く、118kmを通してほぼイーブンペースのキロ6分台で走れたことに満足。
暑からず寒からずの快晴のベストコンディションで気持ち良く走れたし、早朝の山名湖での「逆さ富士」や富士五湖と富士山との絶景コラボ、葉桜な大阪では見られない満開の桜を見ながらのランを堪能できた。
2週間後のG.W.の最後にある2019年前半のメインレースのひとつに向けて、良い弾みになって自信がついた。
それに、最高のコンディションの中での富士山を見ながらのランは最高に気持ち良かった。
ランナーズウエルネス主催大会の完走メダルは相変わらず重厚で豪華!
江口寿史さんのイラストレーション展のために明石へ
2019年4月13日土曜日。
日中、整体に行ってメンテナンスした後、兵庫県の明石市へ行ってきた。
JRで約1時間で着くので近いものだ。
初めて下車したが、駅前に明石城があって良い土地だった。
明石に行った理由は、かねてより好きな漫画家であった江口寿史さんの「江口寿史イラストレーション展 彼女」を明石駅前にある明石市立文化博物館で開催されている事を知ったためだ。
江口寿史さんが描く女性が可愛過ぎて、理想的過ぎる。
展示内容も期待していた以上の内容の上に、会場内での写真は撮り放題なので、自分と同様に来られていた方は写真を撮りまくっていた。
自分もお気に入りの絵の写真をついつい取りまくり。
しかし、男性だけではなく、女性も多くいたのには驚いた。
何故、江口さんが描く女性はこれほど魅力的で、男性はもちろん、女性をも虜にするのか。不思議でならない。
ひと通り見て満足した後は、大阪に戻って心斎橋のジムにて筋トレ&トレッドミルでのランニング11km。
この日も行楽日和で、こんな日はロングランしたかったが、来週、たくさん走るので、ここは無茶せず。
そんな中、「去年の今頃は、島根県の山奥、奥出雲町で走っていたなぁ」と懐かしく思い出した。
今頃、ランナー達は100kmと闘っているのであろうが、今年は去年のような春の嵐は無さそうだ。
去年の最後のおろちループに行く迄の雨風はスゴかったなぁ。
でも、キツくても楽しかった。おろちループを登り切った後のゴールまでの下り坂は、本当に気持ち良かった。
しかし、NHKの朝ドラ『なつぞら』が始まって2週間。
前作の「まんぷく」が面白かったので期待はしていなかったが、ネットで騒がれているように、意外に面白い。
主人公のなつ役の広瀬すずが出てくる前の子供時代で、通例、子供時代の話は面白くないのだが、子供時代のなつ役、子なつ役の粟野咲莉という子役の演技が素晴らしい。
そして、何よりもおじいちゃん役の草苅正雄の存在感。視聴者と同様に、その名演技とセリフに感動。
戦争孤児で居候している北海道の家族に遠慮している子なつへのセリフ。
「お前はこの数日、ほんとによく働いた。そのアイスクリームは、お前の力で得たものだ。お前なら大丈夫だ。だからもう、無理に笑うことはない。謝ることもない。お前は堂々とここで生きろ。良いな。」
そして、今日の北海道の開墾に苦しむ友達の両親へ向けたセリフ。
「事情なんか、クソ食らえだ!大人の事情で、この子らがどうなった?この子らに何をやったんだ、大人が!今はせめて、この子らが何をやりたいのか、子供の話だと思わず、そのことを今こそきちんと大人が聞いてやるべきだろ!」
草苅正雄さん、素晴らしい。これこそ役者の中の役者だ。
Queenの『another one bites the dust』がお好み
2019年4月12日金曜日。
仕事終わりの大阪城公園ナイトランニング。
意外と桜が散っておらず、驚いた。
この土曜日は晴れるそうだが、日曜日は雨になるそう。
日曜日に遠出して走りに行こうと思っていたが、雨だし、翌月曜日は早朝から東京出張のためにやることがいっぱいだし、来週のチャレンジ富士五湖で118km走るので、この週末はゆっくりする事に決めた。
そして、最近、数あるQueenの有名な曲の中でも、何度も耳にするお馴染みな曲よりも、あまり一般ウケしなさそうな『another one bites the dust』が一番好きなのに気づいた。
失礼ながらこれまでこの曲の存在を知らず、話題になったボヘミアンラプソディーの中でも少しだけ流れていたのを聞いて、ずっと気になって耳に残っていた。
演奏よりもフレディマーキュリーの類い稀な高い歌声が際立って一番生かされている名曲のように思うのは自分だけではないハズだ。
これを聴くとスゴいテンションが上がる。
ライブの映像を観ると、フレディこのこのスタイル、彼以外がやればイカレた変態オヤジで、今の時代ではNGな感が強いが、この時代にフレディがやっているからこそ成立していて、むしろカッコイイ。
こういう神がかり的な声と濃いキャラクターを持ったレジェンドは現代にはいないなぁ。
花見ラン4回目、大川沿い、開通したばかりのおおさか東線に初乗車!
2019年4月7日日曜日の早朝ランは、恐らく今季最後の花見ラン。
この日もThis is 行楽日和、というような日で、桜も満開でまさに絶好の花見日和。
2週連続で満開の桜を見ながら花見で賑わう大川沿いを走り、淀川まで走った。
先週はここで折り返したが、この日は堤防沿いをラン。
晴天の素晴らしい景色を見ながらで気持ち良かった。
この日堤防を走った目的は、2019年3月14日に開通したおおさか東線を見て、乗るため。
かつて歩行者も通行出来たものの、数年前におおさか東線開通に向けた作業の為に横断禁止になって、ようやく今年に開通した赤川鉄橋上を以前の貨物列車ではなく、電車が走る姿を間近で見てちょっと感動。
過去の淀川沿いのマラソンで何度もくぐった菅原城北大橋を初めて渡った。
土地勘の無い東淀川区を走って、新しく出来たおおさか東線のJR淡路駅でラン中断。
開通したばかりのらおおさか東線に乗って、淀川をもう一度渡って、隣の城北公園通り駅で下車。
しかし、おおさか東線の駅の駅名のフォントが独特。何て言うフォントなんだろう・・・
そこから城北公園通りを走って、天神橋筋六丁目の先にあるなにわの湯がゴール、というワケの分からないコース約14km。
温泉に入って疲れが癒えた後は、天神橋筋六丁目から自宅のある堺筋本町まで、ポカポカ陽気の中にのんびりウォーキング。
写真は天満橋の上から。
橋下の中之島公園では行楽日和でたくさんの府民の方々が思い思いの過ごし方をされていた。
そして、自宅の前にある中央区役所にて、大阪県知事・市長選の投票をしてこの日のラン終了。
いよいよ本格的な春がやって来た。
大阪港中央突堤、復活!花見ラン2回目、八幡屋公園&磯路三丁目桜通り
2019年3月31日。
日曜日の早朝ランニングは、久し振りに大阪港中央突堤往復20kmへ。
台風の影響で木板が剥がれてしまった影響で立ち入り禁止になっていたので、入れないと諦めていたが、行ってみると、立ち入り禁止の柵は無くなっていて入る事が出来た。
どうやら修復が終了した直後に来る事が出来たみたい。
久し振りにこの光景を見る事が出来て、テンションが上がった。
ただ、修復後は木板張りではなく、レンガ造りになってしまって風情が無くなってしまってちょっと残念。
また、台風が期待時に同じような事にならないためにも已む無しだ。
帰りは港区の桜の名所、八幡屋公園や磯路三丁目桜通りに立ち寄ったが、まだ満開は程遠かった。
花見ランのベストは来週だ。
花見ラン1回目、大阪城公園&大川沿い&中之島
2019年3月30日。
茨城100kウルトラマラソン後、期末の目標設定や人事異動による体制変更の相談で忙しくて全然走れず、昨晩は飲み会でいつもは速攻で帰るのに久々に最後まで付き合ったら0時を過ぎて走れなかったことに自己嫌悪。
更に自転車をピックアップしに会社近くの屋内駐輪場を行ったら、23時30分で閉まっていてピックアップ出来ずで自己嫌悪プラス。
最悪の年度末最終日だった。
なので、土曜日の朝から早朝ラン。
開花宣言された大阪城公園に行ったが、満開ではなかったし、肌寒い気候で花見客もまだら。
大川沿いでも花見ランをして、淀川で折り返し、中之島のフェスティバルタワーまで走って、自転車をピックアップしてラン終了。
100kmを全力で走った代償は大きく、ふくらはぎがパンパンになって、解消されたものの、疲れが溜まっていたので、週末はゆっくり休もう。
茨城100kウルトラマラソンin鹿行、サブ10はまだまだ遠い…
2019年3月24日日曜日。
今年が初開催となる、第1回茨城100kウルトラマラソンin鹿行に出場してきた。
茨城県は5大会もフルマラソンがあるマラソン県だが、今年、ウルトラマラソンも追加になった。
有名な霞ヶ浦の横にある北浦という湖を囲む鹿嶋市・潮来(いたこ)市・神栖(かみす)市・行方(なめがた)市・鉾田(ほこた)市という難読な5市が舞台で、100kmを通してフラットで走りやすい湖岸沿いコースを走るという、コース沿いの楽しみゼロな修行レースだが、これは慣れっこで望むところ。
「日本で一番フラットなコース」という謳い文句に釣られ、あわよくばサブ10を目指して、茨城県の鹿嶋市に初めてやって来た。
茨城県で走るのは、水戸市の水戸黄門マラソン以来、2回目だ。
大阪からは新幹線で東京駅に行き、鹿島神宮行きの高速バスで行けて便利であるが、やはり大阪からは遠かった。
鹿嶋市の鹿嶋セントラルホテルという大きなホテルに宿泊して、幹線道路沿いの店で大阪でも食べられるようなもので腹ごしらえをして、併設されている銭湯でゆっくりして、何にもすることがないので、朝5時スタートに向けて早めに寝た。
深夜、鹿嶋セントラルホテルからツアーバスに乗って、行方市の北浦公民館へ。
暗闇の中で蠢くウルトラランナー達。いつもの光景で慣れたもの。
念のために大会側の指示の通り、ヘッデンをしてスタートしたものの、スタート早々に鹿行大橋を渡った直後に明るみ始めてきて、10km走ったところでヘッデンを返却。
しかし、スタート直後から北浦の湖畔沿いの単調なコースが延々と続く。
覚悟していたが、これが100km続くとはメンタルがどこまで耐えられるか、自分との勝負だ。
10kmのエイドで苺で補給。
10kmのエイドを過ぎて北浦の北端を折り返した後の午前6時過ぎには陽が昇り始めた。
晴天の美しい青空に昇る太陽。フラットな湖畔沿いのコースを走っていて気持ち良過ぎて最高だった。
陽が昇り始めた事で温かくなってきたが、好調にキロ6分を維持して好調。
34kmの白浜ウォーキングセンターでは、カレーでエネルギー補給。
胃も好調!まだまだこれから!!
ウルトラマラソンでは珍しい、というかキロ6分で100kmを走り続けた事が無いので、珍しいかどうかは分からないのだが、この大会にはサブ10のペースランナーがおり、前半50kmはペースランナーについて走って行った。
しかし、それも49kmの延方公園エイドまで。
それ以降は、持病の左臀部痛が出始めて、後半は全くペースランナーについて行く事が出来なくなってしまった。
加えて、穏やかだった前半から一転、後半は1ヵ月前の小江戸大江戸200kの荒川土手の強風を彷彿とさせる向かい風にどんどんペースが落ちてしまった。
そんな苦しい時間が続く中、北浦のコースの最南端の59kmの鳥栖神社に到達。
ここに着く手前にラン友のTさんに追いつき、お互いの健闘を称え合った。苦しい時間だったので、話して苦しみを共有出来て有難かった。
鳥栖神社を折り返してからも相変わらず強風だったが、エネルギーを補給してから復調。
50kmから60kmの不調を取り返すべく快調に走る事が出来て、70kmの豊津まちづくりセンターへ到着。
そこからもず~~~っと湖畔沿いの単調なコースが続く上に、遮るものが何も無いので、強風を全身で浴びて前へ進んだ。
ここで走られなければ相当に辛いが、走る事だけは出来たので、全然辛くなかった。
北浦大橋を渡って、85kmの白浜ウォーキングセンターに戻って来た。
ずっと湖畔沿いのコースだったので、久し振りに橋を渡れて嬉しかった。橋を渡るだけでこんなにテンションが上がるとは笑
白浜ウォーキングセンターで一服した後は、最後の15km!往路で来た道を戻っていくだけ!!
再び変わり映えの無い湖畔沿いコースをひたすら走り、フィジカルもメンタルも辛くなってきても絶対に歩くことだけはせず、走り続ける事が出来た。
残り1kmでようやく北浦湖畔沿いコースが終わり。もう懲り懲り!
そして、無事、北浦公民館に戻って来て、ゴール!
後半のペースダウンでキロ6分は維持出来なかったが、最後まで走り続けて、サブ10は程遠いものの、何とか10時間30分で完走!
100kmを通して続く北浦の湖畔沿いの単調なフラットな修行コースに負けなかった。
というか、これまで経験した過酷なウルトラの事を思えば、フラットな単調コースなんて全く辛くなかった。
サブ10はまだまだ自分の走力ではムリである事を痛感。
しかし、キロ6分(10km1時間)が50km以降続かないとは情けないなぁ…
でも、これが今の自分の実力だ。
夢のサブ10はまだまだ自分には早過ぎる。
引き続き、精進せねば。
今回のウルトラマラソンはタイムを気にし過ぎて全然楽しくなかったので、来月はタイムを気にせず、ゆっくり楽しみながら走ろう。
参加記念品は、北浦周辺5市の名産品のひとつを選べたので、行方市の苺を頂戴した。
10kmのエイドでもらって美味しかったので、迷わずこれに決めた。
しかし、第1回大会なのにストレス無しでエイドのボランティアの方々も元気で素晴らしい大会だった。
サロマ湖以外に100kmを通してフラットなコースのウルトラマラソンは無いので、こういったタイムを狙えるウルトラが増えてくれて嬉しいのだが、やはり大阪からここに来るのは遠いなぁ。来年の出場は考えものだ。